櫻坂46のキャプテンを務める松田里奈さんは、アイドルになる前、地元・宮崎県の銀行で働いていました。
高校を卒業してすぐに就職し、わずか半年で退職してオーディションを受けたという経歴の持ち主です。
どこの銀行に勤めていたのか、ネット上では「宮崎銀行ではないか」という声が多く見られます。
また、出身中学や高校、大学に進学したのかどうかも気になるところです。
今回は、松田里奈さんの学歴と銀行員時代について、時系列で追いかけていきます。
松田里奈は大学に進学していない|高校卒業後すぐ地元の銀行へ
松田里奈さんは大学に進学していません。
高校を卒業した後、地元・宮崎県の銀行に就職しています。
本人は2019年2月9日の公式ブログで、9月いっぱいまで銀行で働いていたと書いています。
また2026年9月9日のブログでは、2018年の夏にオーディションを受けて19歳でグループに加入したと振り返っています。
松田里奈さんは1999年10月13日生まれなので、高校を卒業したのは2018年の春です。
卒業した年のうちに就職と退職を経てアイドルの活動に入っているため、大学に通っていた期間はありません。
松田里奈の出身中学は延岡市立岡富中学校|ソフトボール部でピッチャー
松田里奈さんの出身中学は、延岡市立岡富中学校とされています。
宮崎県延岡市にある公立中学校で、市の中心部に位置しています。
松田里奈さん本人や櫻坂46の公式サイトが校名を発表しているわけではありません。
ファンの間で長く語られてきた情報として受け止めておくのがよさそうです。
小学校の名前は明らかになっていない
松田里奈さんの出身小学校は分かっていません。
一部のサイトでは「延岡市立岡富小学校」という名前が挙がっています。
ただし本人の発言や学校側の情報に裏づけがあるわけではなく、進学先の中学校名から逆算した推測にとどまります。
松田里奈さんは、アイドルになるまでずっと宮崎県で暮らしていました。
延岡市は宮崎県の北部にある市で、県庁所在地の宮崎市からは車でおよそ2時間の距離があります。
のちに地元の銀行へ就職していることからも、生活の拠点が延岡市周辺にあったことがうかがえます。
ソフトボール部でピッチャーを務めた中学時代
中学時代の松田里奈さんは、ソフトボール部に所属していました。
ポジションはピッチャーです。
ピッチャーはボールを投げるたびに全員の視線が集まる場所で、試合の流れを一人で背負う役割でもあります。
この経験は、のちに銀行の窓口で接客を担当したことや、櫻坂46でキャプテンを任されたことにも通じる部分があるかもしれません。
ソフトボール部での活動は、松田里奈さんのプロフィールで触れられる機会が多いエピソードのひとつです。
松田里奈の出身高校は宮崎県立延岡工業高等学校|ダンス部で部長
松田里奈さんの出身高校は、宮崎県立延岡工業高等学校とされています。
同校のWikipediaの著名な出身者欄には、松田里奈さんの名前が記載されています。
中学校と同じく、本人や櫻坂46の公式サイトから校名が発表されているわけではありません。
どの学科に在籍していたかについても、はっきりしたことは分かっていません。
延岡工業高校はどんな学校?
延岡工業高等学校は、宮崎県延岡市にある県立の工業高校です。
偏差値は44程度とされています。
この数値は入試情報サイトによる推定で、学校が公表しているものではありません。
工業高校は、卒業後に大学へ進むより就職を選ぶ生徒が多いという特徴があります。
松田里奈さんが高校卒業と同時に地元の銀行へ就職したことも、この流れに沿ったものと考えられます。
ダンス部の部長として過ごした高校時代
高校時代の松田里奈さんは、ダンス部に所属していました。
部長も務めていたとされています。
中学ではソフトボール部のピッチャー、高校ではダンス部の部長と、どちらも人をまとめたり中心に立ったりする立場です。
櫻坂46に加入してから副キャプテン、そしてキャプテンへと進んでいったことを思うと、学生時代からその素質があったようにも見えます。
ダンスの経験があったことは、オーディションを受ける際の後押しにもなったはずです。
ただし松田里奈さん自身は、アイドルになりたいという気持ちを持ちながらも、高校を出てすぐには行動に移していません。
選んだのは、地元で働くという道でした。
松田里奈が働いていた銀行はどこ?宮崎銀行説の根拠
松田里奈さんが勤めていた銀行の名前は、本人からも櫻坂46の運営からも発表されていません。
それでもネット上では「宮崎銀行だったのではないか」という見方が広まっています。
ここでは、その説がどこから生まれたのかを見ていきます。
銀行名は明かされていないまま
勤務先の銀行名は、これまで一度も明らかにされていません。
松田里奈さんは公式ブログやインタビューで銀行員時代について何度も語っていますが、そのなかで銀行名を出したことはありません。
所属事務所であるSeed & Flower合同会社からの発表もありません。
配属されていた支店の名前や、入行した正確な日付も同じく分かっていません。
本人の言葉からたどれるのは、地元・宮崎県の銀行で窓口業務を担当していたところまでです。
制服のリボンから宮崎銀行と言われるようになった経緯
宮崎銀行説の出どころは、テレビ番組で紹介された1枚の写真です。
松田里奈さんが出演する『THE TIME,』などで、社会人1年目のころの姿が映し出されたことがありました。
その制服のリボンの形や色が、宮崎銀行の公式サイトに掲載されている行員の制服とよく似ている、と指摘されたのが始まりです。
この指摘は2024年ごろにSNS上で広まりました。
興味深いのは、そこから2年近く経った現在では「元宮崎銀行」と言い切る投稿のほうが目立つようになっている点です。
もともとは制服を見比べた推測でしたが、繰り返し語られるうちに、確定した事実のように扱われるようになりました。
制服が似ているという根拠自体は、それなりに説得力のあるものです。
ただし本人が認めた話ではないため、この記事では宮崎銀行と断定はしません。
宮崎県内で候補として挙がる銀行
宮崎県内に店舗を持つ銀行としては、宮崎銀行と宮崎太陽銀行の2行が地元の銀行として知られています。
このほか、鹿児島銀行や西日本シティ銀行なども県内に支店を構えています。
松田里奈さんの出身地である延岡市にも、これらの銀行の店舗があります。
ネット上で名前が挙がるのは主に宮崎銀行で、次いで宮崎太陽銀行という状況です。
どの銀行だったとしても、松田里奈さんが高校卒業後に地元で正社員として働き、半年で辞めてアイドルの道を選んだという事実は変わりません。
松田里奈の銀行員時代|2018年春から9月末までの窓口業務
松田里奈さんが銀行で働いていたのは、2018年の春から同年9月末までの約半年間です。
高校を卒業してすぐ入行し、坂道合同オーディションに合格した直後に退職しています。
短い期間ではありますが、この経験は今も松田里奈さんを語るうえで欠かせない要素になっています。
窓口で接客を担当していた新人時代
松田里奈さんが任されていたのは、窓口業務でした。
来店したお客さんに直接応対する、銀行の顔とも言える仕事です。
本人は当時について「業務は難しくて大変でしたけど、『辞めたい』と思うことはなくて」と語っています。
先輩にも恵まれ、人間関係で悩むことは一切なかったそうです。
安定した職種であること、地元なのでお金も貯まることにも触れていました。
仕事に不満があって辞めたわけではない、という点がはっきり伝わってきます。
むしろ働きやすい環境で、このまま続けていく選択肢も十分にあったはずです。
特技の札勘定が身についた背景
松田里奈さんの特技として知られているのが札勘定です。
札勘定は、紙幣を扇状に広げたり指で弾いたりして枚数を数える、銀行員の基本技術です。
窓口で現金を扱う以上、正確さと速さの両方が求められます。
半年という短い勤務期間でも身についているところに、当時の仕事ぶりがうかがえます。
この特技はバラエティ番組などで披露される機会もあり、SNSでも話題になってきました。
丁寧な挨拶やお辞儀、メモを取る習慣といった立ち居振る舞いも、銀行時代に培われたものとしてファンの間で語られています。
2018年9月末で退職しアイドルの道へ
オーディションを受けるきっかけを作ったのは、松田里奈さんのお姉さんでした。
「受けてみたら?」と勧められたものの、最初は断っています。
それでもアイドルへの憧れがあり、「私、どこまで進めるんだろう?」という気持ちで応募したそうです。
そして2018年8月19日、坂道合同オーディションに合格します。
審査の過程では家族の支えがあり、そのあたりは松田里奈(櫻坂46)の実家は宮崎県?父親と母親・兄弟や家族構成もで詳しく紹介しています。
合格を受けて松田里奈さんは退職を決め、2018年9月いっぱいで銀行を離れました。
本人は2019年2月9日の公式ブログで、このことを自ら明かしています。
同じブログでは、短い期間で辞めることになったにもかかわらず銀行の人たちが応援してくれたことへの感謝もつづられていました。
「自分はこのアイドルというお仕事をやりたいと思ったので今ここにいます」
安定した職を手放してでも選びたい道が、そこにありました。
欅坂46加入から櫻坂46キャプテンになるまで
名前:松田里奈
生年月日:1999年10月13日
出身地:宮崎県
血液型:O型
身長:158cm
所属事務所:Seed&Flower合同会社
銀行を辞めた松田里奈さんは、欅坂46の2期生として活動を始めます。
加入から8年、グループ名も立場も大きく変わりました。
お見立て会でのお披露目と2期生としての活動開始
2018年11月、松田里奈さんは欅坂46の2期生として活動を開始しました。
ファンの前に初めて姿を見せたのが、『欅坂46 2期生/けやき坂46 3期生「お見立て会」』です。
このときの松田里奈さんは、はきはきとした挨拶と深いお辞儀が印象的だったと語り継がれています。
窓口で接客をしていた半年間が、そのまま立ち居振る舞いに出ていたという見方です。
加入時の年齢は19歳でした。
同期の2期生には10代前半から半ばのメンバーも多く、社会人を経験してから入った松田里奈さんは異色の存在です。
2020年に欅坂46は櫻坂46へと改名し、1stシングル『Nobody’s fault』で再始動します。
松田里奈さんは、この表題曲のメンバーに選ばれました。
2021年に副キャプテン、2022年11月に2代目キャプテンへ
2021年1月4日、松田里奈さんは櫻坂46の副キャプテンに就任します。
初代キャプテンの菅井友香さんを支える立場です。
加入から2年あまりでの抜擢でした。
そして2022年11月10日、菅井友香さんの卒業にともない2代目キャプテンに就任しました。
運営から正式に発表されたのは、その2日前の11月8日です。
中学ではソフトボール部のピッチャー、高校ではダンス部の部長、そして櫻坂46ではキャプテン。
人をまとめる立場を任され続けてきた経歴です。
写真集『まつりの時間』の発売
2026年1月20日、松田里奈さんは1st写真集『まつりの時間』を発売しました。
発売元は幻冬舎です。
発表があったのは2025年11月17日の公式ブログで、本人の言葉で伝えられました。
撮影地はニュージーランドのオークランドとロトルアです。
加入から7年を経て初めての写真集となりました。
そして2026年9月9日、松田里奈さんは自身の公式ブログで、年内の活動をもって櫻坂46を卒業することを発表しました。
高校を出て地元の銀行に就職し、半年で辞めてオーディションを受けた19歳から、8年が経ちました。
松田里奈の学歴と銀行員時代のまとめ
高卒で銀行に就職し半年で辞めた8年前の選択
松田里奈さんの学歴と銀行員時代について、分かっていることを並べておきます。
- 出身中学は延岡市立岡富中学校とされ、ソフトボール部でピッチャーを務めた
- 出身高校は宮崎県立延岡工業高等学校とされ、ダンス部の部長だった
- 大学には進学せず、2018年春に地元・宮崎の銀行へ就職した
- 担当は窓口業務で、特技の札勘定はこのときに身についた
- 銀行名は明かされておらず、制服のリボンから宮崎銀行ではないかと言われている
- 2018年8月にオーディションへ合格し、9月末で退職した
安定した仕事を半年で手放した選択が、8年間のキャリアの出発点になりました。
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